日系メーカー
時系列で整理するのが一番正確に記憶をたどれると思い、まずは日本時代の最初の会社まで遡ります。まあ面倒ならスキップください。
また、当時の友人知人の方、そしてメーカー勤務の方、これは私の超個人的な見解です。メーカーを否定するつもりは全くありません。私には納得感が持てなかったというだけの話です。メーカーの方で立派な方は当然星の数ほどいっらしゃること重々承知しております。因みに私の親父も兄貴も親戚のおじさんも皆メーカーで立派に働いていましたし働いています。
大学卒業後に就職したのは大手電機メーカー、特に明確な理由はありません。唯一興味のあった三井物産には箸にも棒にも引っかからなかったこと(景気の良い時代だったのにねー)、親父が電機メーカーで研究職をしていてメーカーには親しみがあったこと、そして私の学部には会社リストがあって、その会社の下に名前を書き込めば自動的に合格で就職活動しなくて良いこと。駐在員で海外に行けるからという理由もそういえばありました。今思えば人生舐めてました。
いい加減に決めたが故に(Again, メーカーが悪いんじゃないですよ)、入社後は疑問だらけの毎日でした。配属は海外部門、まあ花形なのかもしれません。しかし、曲がりなりにも理系出身の私が短卒がやれる貿易実務をやらされ、花見だと言っては大阪城公園で朝から場所取り (Why Japanese company?)、上司には毎晩飲みに誘われ、会社のKPIは私には納得のいかない物ばかり、それを先輩や上司にぶつけても納得の行く回答は全く得られませんでした、というかそもそもそこに疑問は感じてないという様子でした。自分が成長できる実感は全く持てませんでした。
また、この会社だと一生安泰、車はこのくらいで家はぎりぎり神戸にマンション買えるんだとか。何か悲しかったですね。うちはメーカーではトヨタを除けば最高レベルだよと言われても、何でメーカーという条件付けで納得してしまうのか、自分は20代前半にして、狭くて小さな箱に入れられているようでとても暗い気持ちになりました。
そこでゴールを再設定することにしました。入社3年後くらいでしょうか。随分とのんびりしたものです。海外部門で働くからには、英語力の強化と早期の駐在経験をして市場価値を最大化してからよりチャレンジングな会社へと転職という目標にしました。会社で働きながらの、実質的に初めての就職活動の始まりです。
続きは次回