カナダ外資系日記

海外就職、海外で働く、株式投資について書きます。

当日

朝会社の前にはマスコミが大勢駆けつけていて、テレビで見ているBloombergのレポーターが会社の前に陣取っています。レイオフされた人から鮮烈な言葉を引き出したいのでしょう。そして、会社のビルの前で出会った知り合い数人と握手をし、Good Luckと声を掛け合い会社に入りました。

 

会社に一歩踏み入れると、ロビーにはパッケージと思われる茶色い大きめの封筒を持った人たちが既に多数いて騒然としています。ビルの雰囲気は既にカチカチに凝り固まっています。私のいる階にエレベーターで到着するとオフィスは静寂。人で埋まっているのに全く音がしません。未だ私の階は始まっていなく、皆んな声を潜めています。パソコンを開けチャットで同僚から情報を集めると、朝8時半の段階で、近くの階では33階、37階が既に始まっているとのこと。そして9時半頃には34階、36階、ということは、私の階は10時半頃か。8時半から10時頃まで誰も喋らず、フロアで立ち会う人とは目で挨拶。様子を見に同僚のオフィスに入っていくと同僚が目を丸くしてこちらを見ます。脅かすなと。そして、同僚とも殆ど話さない、しかし話し始めると全く関係のない話で同僚の話が止まりません。きっと同僚も焦ってる。奥さんや旦那さんなど家族からの問い合わせに皆んなメールや電話で小声で実況中継しています。

 

そして、10時15分、電話も全く無い静まり返ったオフィスに、部屋を閉める音、数人の足音が突然鳴り響きました。始まったかと思うや否や、昨日の夕方Good Luckと挨拶した同僚(アカウンティングチームの女性)がスーツを来た知らない男性(コンサルタント)と会議室に入っていくのが見えました。背中がとても小さい。そして、あちこちでオフィスの部屋が閉められます。始まりました。コンサルタントの男性のとても柔和で鋭い目つき。きっと彼らは北米中で、このようなレイオフ通達のためだけを仕事としている。俺にも来るなら今か。30分後か。いつ何が起こるか全くわからないので常に焦ってる。数字が頭に入らない。俺ってこんなにナイーブで弱い人間なのか。情けない。

 

同僚を見ると、皆んな息を潜めてパソコンのモニターをただただ見つめ、声を潜め背中を丸めて自分のオフィスに近づく物音がしないか耳をすませています。そして、私のチームで一番えらい人が荷物を持って我々に近づいてきます。頭では状況がわかっているのに、声が出ません。後ろにコンサルタントが控える中、チームにお礼を言って職場を去りました。その後すぐに部門長が私の上司のところに来て部屋に連れていきました。上司がやられるのか、状況説明なのかは微妙です。彼が席に戻るとチームを呼び出し、このフロアからレイオフが略終了したことが告げられました。略というのは、彼も全てを把握しているわけではないからです。

 

結局、私のいる10人のチームで二人が職場を去ることになりました。二人ともとても優秀で人柄も良い。全社では正式発表はされていないのですが噂では500人くらいと言われています。本社の2割くらいか。2014年以来の度重なるレイオフで、もう何も絞れないはずなのに。平均4人家族とすると、今カルガリーで2000人の家族が将来への不安で打ちひしがれている。レイオフされたのはVPレベルからアドミニまで、とても優秀と思われている人も多数、一方で、こいつは駄目だろと思う人は残っている。選考基準が理解できない。ただただ、運なのかなと。

 

2014年末のオイル価格急落以来レイオフはありました。私もいくつか経験しています。しかし、ここまでの規模は恐らくカナダオイル業界の歴史でも最大だと思います。

 

私の会社はお金がないわけではありません。それどころか沢山あります(笑)。この低オイル価格でも1000億円を軽く超える純利益を出します。株式価値の最大化、この唯一絶対の目標達成の為には全てを行います。資本主義って何なんですかねというお嬢様みたいな質問が今更頭を行き来します。私は会社の今後10年の計画を作る仕事なので、会社がすべきことは頭で十分理解しています。でも気持ちが今回ばかりはついて来ないのです。

 

人生ドラマティックに、どうせならこの街で最高の給料をもらえる人間でいたい、そして自分にはそれが出来ると何故か思い込み、オイル業界の書類選考とインタビューを突破しオファーを手にしました。そして、苦しみながらも、同僚が去るのを横目で見ながらこのオイルパッチで小賢しく8年やってきました。しかし今回の件は、ドラマティックという言葉が軽すぎる。まるで死刑を待つ人が複数の警察官が朝近づくと執行されるような静寂と緊張と焦燥感。同僚の、自分のオフィスに近づく足音に怯える顔、同僚が心配した家族に状況を説明している横顔、コンサルタントの柔和で鋭い笑顔、知らない人の足音、オフィスの部屋を乱暴に開閉する音、部屋に連れられていった女性の小さな小さな背中。そして、未だにその人の居た形跡が明確に残る多数の人の居ないオフィス。パソコンが開いたまま、計算機の隣に無造作に置かれたペン、2020年の予算策定スケジュールの紙。

 

どんな経験でも自分の人生にプラスになる、そして広い世界、自分の知らない世界を死ぬ前にできるだけ沢山見たいと思って生きてきました。しかしこんなにも多くの人が絶望の淵に落とされるのを目の当たりにする経験はすべきであったのかどうかわかりません。このレイオフのニュースはカナダのビジネス欄のトップニュースとなり、お昼時点で株価5%上昇です。やっぱり株価は上がるんです。